2010年06月25日

イマゴ・デイ

イマゴ・デイ


神のかたち、の意

神が人間に与えたもの、という意味らしいです。
人間は神のかたちにかたどられて作られたとあります。つまり、神も私たち人間と同じく四肢を持ち、目があり鼻あり口があるのでしょう。
神が竜の形や異形の形態など様々な形態を取る神話的なものとは一線を画す特徴が聖書中の神にはあります。

大事なのは、神が与えたかたちであり、人間だけでなく自然万物のすべてのものは神が与えたものだから、それを貴重に思って使いなさいということです。価値の回復がさまざまな問題を解決することでしょう。
イマゴ・デイという言葉が貴重というより、その意味するところに大きな価値があり救いがあるのだと考えます。

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異邦人(いほうじん)

異邦人(いほうじん)


選民イスラエル民族から見た他の民族や異教徒。パウロは異邦人の使徒

聖書中では、混血児も全て異邦人扱いです。
ユダヤ純血にかける思想が本当に強かったのでしょう。
アブラハムの子孫であることに誇りを持っていたことがわかります。

また、異教徒という視点で見てみると、自分の民族や国家という以上に、神の国に入る自分たちとその他の人々というように区別しているような感じも見受けられます。しかし、異邦人として分けることをキリストが願ったのではなく、異邦人だからこそ救うことをキリストは願っただろうことは間違いありません。

なぜイエス=キリストは異邦人から救いを広めていったのか、それは神の国に最初に入るべきユダヤ人たちがキリストをわからず受け入れなかったからなのです。彼らは先になるはずが後になり、後になるはずの異邦人たちが先に救いに預かる結果になりました。

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イブ(エバ)

イブ(エバ)


聖書中の表記「エバ」の英語読み。「全て生きているものの母」の意。アダムの妻で、人類最初の母。

夫であるアダムを助けるために、あばら骨と肉から作られたと聖書には書いてあります。
しかし、文字通りに受け取ることはできませんね。

神話の世界では、様々な記述や世界観があります。
イブの前にもアダムに妻がいたとするものもあります。
しかし、民間伝承で根拠のないものもあるので、純粋に聖書の世界を楽しみたい人は聖書に準拠して、科学的に根拠のあるものを読むのが良いでしょう。

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祈りの細胞(いのりのさいぼう)

祈りの細胞(いのりのさいぼう)


祈りのための少人数のグループ。

キリスト教は有機物にたとえるのが好きな気がしますね。
聖書の中でも、「二人、または三人が心を合わせて祈るなら私が共にする」とイエス=キリストも言っています。ゲツセマネの園で十字架に着く前にも、キリストであるイエスが弟子達に祈ってくれるように指示しました。
祈りも一人でする祈りも大事ですが、皆でする祈りも大事なのでしょう。

祈りの細胞とはそのための小さなグループを示す用語です。
セルという言い方をすることも多いようです。セルグループ単位で活動したり、祈りあったりする、教会生活の単位になっているところもあるようです。
こうしたセルグループは、教団や教会によって名称は様々ですが、互いに祈りあう意識を高め、信仰生活をより高次のものにするためには良い方法だと思います。

【関連エントリー】
- 牧会祈祷(ぼっかいきとう): キリスト教用語辞典
- 祷援(とうえん): キリスト教用語辞典
- 呪い(のろい): キリスト教用語辞典
- 黙祷(もくとう): キリスト教用語辞典

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祈り(いのり)

祈り(いのり)


人が神との間に交わす霊的な交わり。天の父に向かって、聖霊の臨在の元にキリストの御名によってなされる。讃美・感謝・祈願・告白・懺悔(ざんげ)・とりなしなどが含まれる。

一般的な日本人の祈りのイメージは、祈願ばっかりです。神頼み。
キリスト教では、位格を持った神と付き合う行為なんですね。
神頼みの中では懺悔はあまり見られません。何か罪を神に告げるという考えが出てきたのはキリスト教が入ってきてからではないでしょうか。対人関係で悪いことがあれば謝るように、神の前で罪があればそれを謝る、それも祈りです。
祈りは神との、霊的なものとの疎通であるべきであり、一方的な願いではありません。
つまり、双方向性を持った対話のようなものだと考えられます。それゆえ、祈る中で何か天から霊感や啓示を受けるということが聖書の中で、実際に生きている人々の中でも多く見られるようです。ですから、祈りというのは唱えるだけでなく、聞くことにも集中しなければならないのだろうと思います。

マタイ:6/9: だから、あなたがたはこう祈りなさい、天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。
マタイ:6/10: 御国がきますように。みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。
マタイ:6/11: わたしたちの日ごとの食物を、きょうもお与えください。
マタイ:6/12: わたしたちに負債のある者をゆるしましたように、わたしたちの負債をもおゆるしください。
マタイ:6/13: わたしたちを試みに会わせないで、悪しき者からお救いください。


祈りについて、最近は脳科学の見地から考えるという試みもされているそうです。
参考になる書籍を以下に挙げておきます。

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いのちの電話(いのちのでんわ)

いのちの電話(いのちのでんわ)


さまざまな悩み、問題に対して、電話を通じてカウンセリングを行なう社会福祉団体。
1953年にイギリスロンドンの聖公会司祭チャド・ヴァラー(Chad Varah)が始めた自殺予防のための電話相談に端を発する活動。 日本における最初の活動事例は、(旧西)ドイツ人の女性宣教師ルツ・ヘットカンプの提唱で1971年に設立された東京いのちの電話。電話相談は1971年10月1日より開始。 1973年厚生省(当時)より社会福祉法人に認可された。 1977年には日本いのちの電話連盟が結成され、協力団体の拡大に努めている。

こちらです。

【いのちの電話】
http://www.find-j.jp/

いのちの電話では、次のようなことをわかって利用してほしいと伝えています。

・半数のいのちの電話では24時間対応しています
・名前は告げる必要はありません
・相談内容の秘密は、必ず守ります
・お互いの宗教や主張は尊重します
・相談は無料です
・金銭的な援助はできません
・電話相談にあたるのは、定められた養成課程を修了し相談員としての認定を受けたボランティアです

起源がキリスト教精神から始まっただけで、現在は社団法人として運営され、ボランティアのスタッフも宗教は自由です。

ひとつ、問題視されているのは通話料の問題です。
多くの場合はフリーダイヤルではないため、通話料がかさんでしまうことがあると言います。
相談だけで、もしくは傾聴だけでも多くの時間が必要になるため、経済的にかかる負担が大きいようです。

年間自殺者が3万人を超える日本ですから、こうした活動がもっと支援され認知されるようになったらいいのですが、まだまだ経済的にも人員的にも、支援は十分とはいえないようです。

自殺予防いのちの電話―理論と実際

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命(いのち)

命(いのち)


生物学的いのちだけではなく、霊的ないのち、永遠ないのちがあると聖書では教えている

命という概念はキリスト教ではとても大事な概念です。
霊的ないのちを人は持っていると言います。
その霊を生かすために宗教的生活、霊的生活をすることが重要だと説いています。
永遠ないのちをあたえることができるのは、ただキリストのみだと。
イエス=キリストが道であり真理であり命であると言いました。

アダムとイブの堕落の問題に深く関わっているのも「命の木と善悪を知る木」であるように、やはり命というのは聖書の中の大きなキーワードの一つです。
汝の心を守りなさい。命の泉はこれから湧き出るからである(箴言4:23)などもそうですね。

肉体の命だけではなく、霊的な命についても聖書を読む際には注目して読むと良いでしょう。


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