2012年06月19日

礼拝(れいはい)

礼拝(れいはい)


神をあがめて拝むこと。神の恵みの契約に基づいて民がともに集まって神を拝し感謝し讃美するのが「公同の礼拝」

一般には、公同の礼拝を礼拝と呼びます。
あとは様々な形で神をあがめて拝むことですね。
あまりフリースタイルということでも良くないとは思います。

キリスト教の多くの教会では、祈りと讃美歌、信仰告白、聖書の交読、説教や証、献金などを行ないながら礼拝を捧げます。何かがあって何かが無いなど、多少の差異はありますがおおよその進行は変わりません。
そうした形式を保ちつつ、神と人間の交わりを意識するようにします。

聖書を読んでみると、礼拝という言い方をしないだけで、ノアやアブラハム、カインやアベルの時から神の前で祭壇を作って神との交わりを求める行為は行なわれていました。形式がより洗練され、定期的に行なわれるようになってから礼拝と呼ぶようになったのでしょう。


キリスト教の礼拝
キリスト教の礼拝
posted with amazlet at 14.08.18
J.F. ホワイト
日本基督教団出版局
売り上げランキング: 786,606

posted by Rbelt at 15:11| ら〜ろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

霊の戦い(れいのたたかい)

霊の戦い(れいのたたかい)


罪や欲望の力、サタンや悪霊との霊的な戦い。天使の軍勢と悪魔の軍勢との戦い。神の力と悪魔の力との対決。

大きく言えばハルマゲドンですし、小さく言えば日常の様々なことです。
信仰を崩しにかかる誘惑は世の中を媒介にして無数にあります。それに勝てるかどうか、信仰者は日々戦っています。

キリスト教における「霊」というのは、日本人が考えるような人魂のようなものではありません。
「神は霊である」というように、はっきりと存在するものです。思念体のようなものではありません。
そして、その霊は生まれたときから全ての人間に存在し、死すると霊が天国かもしくは地獄に行くと考えます。
多くの霊界体験を著したスウェーデンボルグによれば、人が死ぬと、天国に連れて行こうとする霊と地獄に連れて行こうとする霊による引っ張り合いが行なわれるそうです。

生きている時には自分の中で霊の戦い、死んでからはどちらに行くことになるのか霊の戦いが起こるのです。


スウェーデンボルグの霊界日記―死後の世界の詳細報告書
エマヌエル スウェーデンボルグ 高橋 和夫
たま出版
売り上げランキング: 103,930

posted by Rbelt at 15:08| ら〜ろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

礼典(れいてん)

礼典(れいてん)


恵みの手段としてのプロテスタント教会が行なう洗礼式と聖餐式。聖礼典。「サクラメント」の訳語。

大切な行事という意味ですね。
プロテスタントは万人祭司と聖書を読んで信仰生活をすることが考え方の中心になので、こうした宗教的儀式はカトリックほどは重要視されません。しかしながら、教派によって時期や方法は様々に礼典は必要不可欠なものとして取り入れられています。

洗礼式も聖餐式も聖書の中の主の行いから出ているので、プロテスタントの立場からも抵抗がなかったのでしょう。




posted by Rbelt at 15:04| ら〜ろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

霊的(れいてき)

霊的(れいてき)


「肉的」の対立概念。非世俗的、精神的、信仰的、聖書的などの意味内容が含まれている。

非世俗的という言い方はあまり好きではありません。実際には神とつながる感覚があれば、世俗的な文化の中でも霊的に過ごすことが可能だそうです。




posted by Rbelt at 15:02| ら〜ろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

霊想(れいそう)

霊想(れいそう)


霊的な黙祷・瞑想。

霊的、という表現も曖昧なのでどう黙祷し瞑想するべきなのか、ちょっとわかりにくいですね。
こういうことを正しく教えてくれる教会はちゃんとした教会なのでしょう。




posted by Rbelt at 14:49| ら〜ろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

霊性(れいせい)

霊性(れいせい)


@純然たる非物質性
A聖霊の実としてクリスチャンが身につける特性
B霊的感受性

霊性という言葉も使い分けが必要なので、ちゃんと分別しないといけないですね。




posted by Rbelt at 14:46| ら〜ろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

霊視商法(れいししょうほう)

霊視商法(れいししょうほう)


霊能者と称する者による水子霊や祖霊の除霊を主体にした霊感商法。真言密教系の本覚寺・明覚寺が行い社会問題となった。

霊に関する話でトラブルが多いのは、見えないのをいいことに利用する人がいるからです。
聖書では、このたぐいは祈りによらなければ追い出せないとあります。
祈りはお金がかかりません。
常識から逸脱した話があった場合、気をつけてください。




posted by Rbelt at 14:44| ら〜ろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。